大和証券の営業マン時代⑤ 『バブル崩壊に学ぶ』
(1990年 バブル崩壊直後 誠心誠意顧客に尽くす)
1990年が明けた。
意気揚々の初出社。みんな目を輝かせていた。
しかし、なぜか初日の株価は下落から始まった。
その後も毎日ずるずると下がり続ける。
なぜこんなに下がるのか。原因はだれにもわからなかった。
1990年4月。日経平均は2万8千円。
なんと4ヶ月で1万円以上も下がってしまったのだ。
こうなるとすべての顧客が損失をこうむり、もうボロボロだった。
買う余力がある顧客なんてひとりもいない。
それでもノルマが減ることはなかった。
「この損どうしてくれるんだ!」クレームの電話がかかってくる。
お客なんて勝手なもんだ。
儲かっているうちはいいが、損をし出すと営業マンのせいにする。
その筋のひとに脅され、監禁されそうになったこともあった。
当時一番の顧客だったある会社の社長。信用取引で損が数億円に膨らんだ。
そのときから電話をしても一切出てくれなくなった。
「自分の判断でやってるんだからこっちには責任がない」と開きなおることもできず、すぐさま自宅に謝りに行った。
ところがいるはずなのに出てきてくれない。
次の日の夜。また訪問したが、今度も居留守。
毎晩続けて一週間。やっと出てきてくれたと思ったら、塩をまかれた。
それでもめげずに通い続ける。
二週間でようやく口をきいてもらえるようになった。
一か月で家の中に上がらせてもらえるまでになった。
「損したのは、あんたのせいじゃないとわかってるんやけどね」
やっとまともに話ができた。
その日は、社長の生い立ちや商売のことなど、初めて聞く話も多かった。
実は本業ではかなり利益が出ていたらしい。
バブル崩壊ですべてを失うことにならなかったのが救いだった。